山内奏人(やまうち そうと)さんは、15歳で起業し、現在はWED株式会社の代表取締役として活躍する若き起業家です。その学歴と成長の軌跡を、小学校・中学校・高校・大学の各段階に分けて、具体的なエピソードとともにご紹介します。
🐛 小学校時代:昆虫とパソコンに夢中になった少年時代
山内さんの探究心は、幼少期から際立っていました。幼稚園の頃には、母親とともに毎日のように近所の昆虫館に通い、昆虫への興味を深めていきました。小学生になると、青虫を50匹ほど段ボール箱に入れて自宅で育てるなど、昆虫飼育に熱中していたそうです。
また、6歳の時に父親から譲り受けた中古のパソコンが、彼の人生を大きく変えるきっかけとなりました。最初はWordやExcelで遊んでいましたが、次第にパソコンの魅力に引き込まれていきます。10歳の時には、図書館で見つけた本を頼りに、独学でC++の勉強を始めました。周囲に教えてくれる人がいなかったため、つまずいた時には自分で解決するか、気分転換に全く別のことをするなどして、学習を続けていたそうです。
11歳の時には、「中高生国際Rubyプログラミングコンテスト2012」の15歳以下の部で最優秀賞を受賞し、最年少での受賞記録を打ち立てました。この頃から、彼は「天才プログラマー」として注目を集め始めます。
🌍 中学校時代:起業家精神の芽生えと国際的な視野の拡大
山内さんは、中高一貫校である東京学芸大学附属国際中等教育学校に進学しました。この学校を選んだ理由の一つとして、上履きに履き替える必要がないという点を挙げています。彼は、上履きに履き替えることを「無駄が多い」と感じており、土足で過ごせる校風に魅力を感じたそうです。
中学2年生の時には、クラスメートと利用するための小さなSNSを自作するなど、プログラミングの腕を磨いていきました。また、「It is IT」という団体を設立し、プログラミングのワークショップを開催するなど、教育活動にも積極的に取り組んでいました。
中学3年生の時には、ビジネスプランコンテストでの優勝をきっかけに、Fin Tech系のベンチャー企業にエンジニアとして参加。さらに、3社のベンチャー企業と関わるなど、実践的な経験を積んでいきました。この頃には、すでに「天才プログラマー」としての評価が定着していました。
また、中学3年生の時には、マイクロソフトやGoogleなどのトップ企業を視察するために渡米。現地の学校でIT関連の授業を観察し、アメリカの教育現場におけるテクノロジーの導入状況に驚かされたといいます。この経験が、彼の国際的な視野をさらに広げるきっかけとなりました。
🚀 高校時代:起業と学業の両立
東京学芸大学附属国際中等教育学校の後期課程(高校)に進学した山内さんは、15歳で起業を果たします。高校生としての学業と、起業家としての活動を両立させる日々が始まりました。
彼が起業したのは、WED株式会社(旧社名:ワンファイナンシャル)で、レシートを撮影して送ると、1枚につき最大10円が受け取れるという画期的なアプリ「ONE」を開発しました。このアプリは、消費者の購買データを企業に提供することで、報酬を得る仕組みとなっており、彼のビジネスセンスと技術力が結集されたプロダクトです。
高校時代には、起業家としての活動に加え、講演やメディア出演なども増え、多忙な日々を送っていました。それでも、学業をおろそかにすることなく、難関大学への進学を目指して努力を続けていました。
🎓 大学時代:慶應義塾大学での学びとさらなる飛躍
山内さんは、慶應義塾大学に進学しました。大学では、学業と並行して、WED株式会社の代表取締役としての業務を続けています。彼の大学生活は、一般的な学生とは一線を画しており、実践的なビジネスの現場での経験を積みながら、学問的な知識も深めていくという、非常に密度の濃いものとなっています。
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