この社会には「静かに革命を起こしている人たち」がいる。
日々のニュースには取り上げられなくても、彼らの一言や行動が、少しずつだけど確実に世界を変えている、そんな人たち。
渡部カンコロンゴ清花さんも、まさにその一人。
彼女が代表を務めるNPO法人WELgee(ウェルジー)は、「日本に暮らす難民」の人たちを「保護される対象」ではなく、「共に未来を創っていける仲間」として迎え入れ、社会の中で自立していけるように就労や教育の面から支援を行っている。
だけど、それはただの“支援活動”に留まらない。
それは、「私たちはどんな社会に生きていたいのか?」という根源的な問いへの挑戦でもある。
この記事では、そんな渡部さんの生き方、背景、そして「名前」に込められたストーリーまで、じっくり追っていこうと思う。
【1】プロフィール:名前に刻まれた“対話”の歴史
渡部カンコロンゴ清花(わたなべ・かんころんご・さやか)。
初めて聞いたとき、その名前のリズムの美しさに目を奪われた。けれど、そこに込められた意味を知ったとき、もっと心を揺さぶられた。
「カンコロンゴ」は、アフリカのある青年から贈られた名前。
彼は、紛争を逃れ日本にやってきた難民の一人。
けれど、日本では難民申請が通らず、仕事にも就けない、未来の見通しも立たない。そんな不安定な状態で、生きる力を失いかけていた。
そんな彼に、清花さんは“共に立つ存在”として寄り添った。
ただ「助ける」のではなく、彼が「自分の価値を信じ直せるように」と。
その想いに応えるかのように、彼はこう言ったという。
「君は、もう家族だ。僕たちの名前を持ってほしい」
——それが“カンコロンゴ”というミドルネームの由来。
このエピソードひとつ取っても、渡部さんの人生は「他者との対話」の積み重ねで成り立っている。彼女にとって“名前”とは、名刺ではなく、物語なのだ。
【2】学歴:問いとともに旅した「知」のフィールドワーク
● 静岡文化芸術大学——違いを受け入れることから始まった
渡部さんは静岡県浜松市で生まれ育った。浜松といえば、ヤマハやスズキの企業城下町というイメージが強いが、実は「外国人労働者が非常に多い多文化都市」としても知られている。
学校には、ブラジルやペルー、フィリピン出身の子どもたちがいて、教室にポルトガル語が飛び交うのも日常の風景だった。
そんな環境で育った清花さんが進学したのが静岡文化芸術大学。ここで彼女は“文化と社会”というレンズを通じて、「共生とは何か?」「違いは壁になるのか、それとも橋になるのか?」という問いを深めていく。
学びの中で浮かび上がってきたのは、「日本人であることが前提とされる社会の在り方」だった。
——じゃあ、「前提に乗れない人たち」はどうなるの?
彼女の疑問は、やがて「人間の安全保障」というキーワードにたどり着く。
● 東京大学大学院で“世界の現実”と接続する
その答えを探すため、彼女は**東京大学大学院 総合文化研究科「人間の安全保障プログラム」**に進学。ここでの学びは、日本の外に目を向ける扉でもあった。
「人間の安全保障」とは、国家が守る“国民”ではなく、“人間個人”をどう守るかという発想。紛争、貧困、自然災害、差別…あらゆる脅威から「生きる尊厳」をどう守るかを問う分野だ。
彼女はその答えを机の上ではなく、「現場」で見つけたいと、バングラデシュへと渡る。
そこで出会ったのは、ただ支援を受ける存在ではない、“自分の足で立ち続ける”逞しい人々の姿だった。
「彼らは傷ついているけれど、誇りを持って生きている。私たちが“守る”存在じゃない。共に未来を築ける人たちなんだ。」
この時の経験が、彼女の哲学の根幹を作っていく。
【3】人生の転機——“難民と友達になった”ただそれだけのこと
大学院から帰国した渡部さんが取り組み始めたのは、難民支援活動。
でも、最初からNPOを立ち上げるつもりだったわけではない。
最初は“友達”だった。
難民認定を待つ間、働くこともできず、ビザの更新に怯えながら生きる青年たち。
その中に、まっすぐな夢を語る仲間がいた。「いつか、母国のために政治家になりたい」と。
けれど、社会は彼をただ「不法滞在者」と見る。
そんなギャップに、彼女は愕然とした。
「彼らは、可能性を持ってる。ただ、それを発揮できる場所がないだけなんです。」
じゃあ、その“場所”を作ろう。
それが、NPO法人**WELgee(ウェルジー)**の始まりだった。
【4】WELgeeとは?——「Welcome」と「Refugee」をかけた言葉に込めた願い
WELgeeという名前は、「Welcome(ようこそ)」と「Refugee(難民)」を掛け合わせた造語。
このNPOのミッションは、“難民を社会に迎え入れる”というシンプルかつ挑戦的なものだ。
彼らに日本で働けるスキルや就労機会を提供し、自立した未来を描けるようにサポートする。企業とも連携し、文化的ギャップを乗り越える仕組みを一緒に作っていく。
一方で、WELgeeの特徴は「上からの支援」ではないところにある。
難民の若者たちと“共に学び、共に創る”という関係性を大事にしているのだ。
【5】未来を見据えて——「共に生きる」ことの意味を、これからも問い続けたい
渡部さんの目標は、難民問題を“特別なこと”ではなく、“社会の普通の一部”にすることだという。
「難民がいる社会は不幸なんじゃなくて、多様な視点がある社会だと思ってるんです。」
そんな彼女の活動は、国内外から評価されており、「Forbes 30 Under 30 Asia」にも選出された。
けれど本人は言う。「自分は“何かを成し遂げた人”じゃない。ただ、出会った人と正直に向き合ってきただけなんです」と。
——その言葉に、すべてが詰まっている気がする。
最後に
渡部カンコロンゴ清花さんは、誰よりも静かに、けれど情熱的に、「ともに生きる社会」の可能性を拓こうとしている。
名前ひとつにも物語があり、歩んできた学びにも、すべてに「出会い」が息づいている。
そんな彼女の生き方は、「人を助ける」というよりも、「人を信じる」ことの美しさを教えてくれているのかもしれない。
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